明治大学が力を入れている取り組みに「リカレント教育」があります。社会に出たあとの人に向けて大学の知的財産や人的財産を開放し、幅広く学び直しを支援してきました。
そのひとつが2015年に始まった「女性のためのスマートキャリアプログラム」(以下、スマキャリ)です。このプログラムを受講後に自ら起業した沖田加奈子さんと、プログラムの運営に携わる源由理子副学長が、社会人の学び直しの意義について語り合いました。
プログラムを機に挑戦したい気持ちに
源: 沖田さんはスマキャリを修了したあと、ご自身で会社を立ち上げたのですよね。
沖田: はい。乳幼児向けの食器やエプロンなどの食事グッズの製造販売を手がけています。プログラムを受講した翌年の19年秋に子どもが生まれ、離乳食時期の親の負担が大きいことを実感し、その課題解決のための製品を企画し販売しています。
源: スマキャリの学びは生きていますか。
沖田: 私はスマキャリの受講が起業のきっかけになりました。特に印象に残っているのはビジョン・ロードマップの授業です。人生を価値あるものにするため、わかりやすい理論を用いて自身のビジョンを描いていくという授業なのですが、今までの人生と自分の未来をとことん深掘りさせられました。ほかの受講生の方も同じように自分と向き合って、今後のことも考えてという、その時間が今振り返ると本当に貴重な時間だったと思います。30年後、50年後の未来を思い描く機会を得て、このまま流れるままに生きていって本当に幸せなんだろうかと考えさせられた授業だったので、強く印象に残っています。
源: パンデミックもそうでしたが、今は社会の変化のスピードが速く、予測ができない時代です。その変化の時代にあって、自分にとって価値があると思う仕事をやっていくためには、自分自身が軸になることが大切ですよね。それぞれ、ご自身の価値の置き方があって、そのうえで時代の変化にどう柔軟に対応していくかが重要だと思います。これは女性だけの話ではないと思いますが、人生100年時代、そういう生き方が必要なのではないでしょうか。その点でビジョン・ロードマップの授業はよかったと皆さんおっしゃっています。
沖田: 本当にそう思います。会社員は60歳か65歳で定年を迎えますが、人生100年時代をどう生きるか、考えるきっかけを得られました。新しいキャリアの選択をしないと、自分が年齢を重ねたときに「この人生でよかった」と思えないのではと考えました。このプログラムのあと、もう一度、会社員になるのではなく、新しいことをやってみようという気持ちが強くなりました。
総合大学ならではの全学的なプログラム
源: 沖田さんが受講したスマキャリは、明治大学において社会貢献や社会連携、生涯学習に関する事業を実施しているリバティアカデミーという機関が主催しています。07年に文部科学省で学校教育法の改正がありまして、社会人など学生以外の方を対象とした履修証明制度が立ち上がった際に、明治大学でもその制度を活用したいと考えました。それまでは厚生労働省の委託で離職者向けに職業訓練講座を開いていたのですが、その講座を受けにくる方々の約8割が女性でした。ライフサイクルのなかで、子育てなどのいろいろな事情でいったん職場を離れなければいけないとか、あるいはキャリアアップのために学びたいという女性のニーズがすごく多かったわけですね。そこで、15年の春に女性をターゲットとしたプログラムを立ち上げたという経緯があります。
沖田: 私は18年の春からスマキャリを受講したのですが、17年の年末に体調を崩して、それまでの仕事を退職しました。退職に伴う手続きをハローワークでしていたときに専門実践教育訓練給付金についてのリーフレットをいただき、給付金をもらって講座を受けられることを知りました。そのなかで、明治大学のスマキャリの存在を知り、単なる資格取得のための講座ではなく、ビジネスを体系的に学べる環境に大きな魅力を感じました。
源: 1コマ120分で5カ月間の総合ビジネスコースのプログラムは体系的に組み立てられています。本学には、ビジネス分野ではたとえば商学部や経営学部、専門職大学院があります。また、今年度からはDX分野で理工学部の先生が講師に加わるなど、総合大学の強みを生かしています。全学的な取り組みが特徴ですね。
沖田: 明治大学のプログラムを拝見したときに感じたのは「裾野の広さ」でした。専業主婦の方の再就職に加え、キャリアチェンジや起業も選択肢として書かれていたのが魅力的でした。
源: 女性一人ひとりに違うキャリアアップがあると思います。私どもは昼間のコースも開いていますが、沖田さんのようなリーダー層の育成のための総合ビジネスコースとはターゲットを分けている点も特徴です。
今の仕事に生きるマーケティングの授業
沖田: マーケティングの授業も忘れられません。商品や製品が消費者の手元に届くまでの過程であるサプライチェーンについて勉強したのですが、それが今のビジネスを立ち上げるヒントになりました。製造から最終消費者までどうやって物やサービスが届けられるのかを、そこまで深く考えて仕事をしていなかったなと思いました。今、小売りをやっているなかでは、どうやって商品が出来上がり、どうやって最終消費者に届くのか、それをどう最適化するのかという授業がとても役に立っています。
源: それはうれしいですね。
沖田: 一度、社会に出てからゼミ形式で学べることは、ほとんどないと思います。スマキャリには、主婦歴の長い方、家族で会社を経営している方、大手企業で働いている方などいろいろなバックグラウンドの受講生が集まっていましたし、下は30代から上は50代後半の方まで幅広い年齢層だったので、ほかの受講生との意見交換で考え方や価値観の違いを感じることができました。
源: 社会での立ち位置が違う人たちですので、当然、違う見方をします。非常に多角的な視点を学ぶということによって、自分自身の考え方も変わっていきます。自分の意見を再形成していける時間は、参加されている皆さんにとってはいい経験になると思います。
沖田: 私が受けたときは二十人ほどの受講メンバーで、ゼミでは企業の課題を解決するアイデア出しをしました。自動販売機をつくっている企業への提案で、「自動販売機のノウハウを生かした新規事業を考える」というテーマでした。企業の今までの実績や得意分野、今後どういうニーズがあるかなどをみんなで議論し、最終的にプレゼンテーションをしました。
源: どういった新規事業を考えたのですか。
沖田: 簡単に設置できて、個人が仕事などに集中できる空間を提案させていただきました。個人用のワークスペースのようなものです。その企業は車のエアコンなども扱っており、空間づくりのプロでもありました。そこで、車内の空間づくりからヒントを得て、いろいろな場所で使えるボックス型のフリースペース設置サービスを提案しました。
源: コロナ禍以前の受講ということでしたが、リモートワークが浸透した今の時代に合っていますね。スマキャリでは新規ビジネスを考える、実践的な時間があります。短期間で集中的に、現場で活用できる学びを得ます。本学の教員に加えて、実際の現場で活躍している実務家の教員も講師を担当しています。今の日本では女性のマネジメント層を増やそうという流れはありますが、能力があってもなかなかキャリアには乗れないという文化もあります。これは個人的な考えですが、女性は課題を抱えている当事者であると言えます。生活のなかで、そういう場面に直面している方たちなので、その方々がお互いにネットワークをつくり、学びながら切磋琢磨していくことで勇気づけられます。それは、受講者にとって貴重な財産になっていくはずです。
大学の研究者から本格的に学べたことは大きかった
沖田: 私はプログラムを受講し終えたタイミングで、ちょうど妊娠がわかったこともあり、会社員になるのではなく、自分で何かを始めようと思いました。冒頭でお話ししたとおり、今は乳幼児向けの食事グッズをつくって販売しています。19年の秋に子どもが生まれて子どもの離乳食が始まり、離乳食についてSNSで発信したところ、大きな反響がありました。離乳食のことで悩んでいる人がこんなに多いんだということに気づき、コロナ禍で在宅時間が長く時間はたっぷりある状況でしたから、この課題を解決できないかと模索して、製品をつくり始めました。私自身には小売業の経験が全くなく、最初は何をやっていいかわかりませんでした。ただ、ここでもスマキャリでの学びが生きました。どの先生も面倒見がよく、授業外でもわからないことを質問に行くと、すごく真剣に答えてくださいました。その経験から、わからないことはわかる人に聞けばいいというマインドになりました。
源: わからないことをわからないままにしない癖がついたということは、「ずっと学び続けている」ということですね。
沖田: そのとおりです。それで、全くやったことのない製品開発もなんとか前に進められ、自分が納得できる製品をサンプルの段階でつくることができました。それを再びSNSで紹介したところ、反響がものすごかったんです。「これはいける!」と法人化を決意し、20年10月に合同会社を設立し、21年6月からオンラインストアをオープンさせ、本格的に事業を開始しました。
源: それだけの反響があったというのは、沖田さんが生活のなかで何が課題で、どこにニーズがあるのかをわかっておられたということだと思います。
沖田: 子育て世代が感じる課題の解決に役立っているのかなと思いますが、大学の研究者から本格的にサプライチェーンについて学べたことは本当に大きかったです。今は中間業者を挟まず最終消費者に直接販売するD to Cというビジネスモデルで回しています。私が魅力的に感じた乳幼児向けの製品は欧米ブランドが多く、日本企業の製品に比べて値段が割高でした。しかし、パッケージには製造国はどれもアジアだと書かれている。それなら自分でアジアの製造工場を探し、日本人に向けた商品企画をすれば、価格を抑えつつ高付加価値な製品をつくることができるのではと考えました。今では海外工場と直接商談をしています。
源: スマキャリでの学びを、実際の行動に移しているのですね。受講される皆さんは、それぞれいろいろな動機がありますが、5カ月間学ぶことを決意して行動を起こした人たちですので、意思のある方たちです。ですから、それぞれの視点で学びを自分の力にしていくことができるのでしょう。明治大学は「『個』を強くする大学」と発信していますが、リカレント教育でも同様で、受講者が「個」を強くして、「前へ」と進む支援をしています。
長いビジョンで考えたときの未来の選択肢が増える
沖田: リカレントプログラムを受講したり、検討する人の中には、このままでいいのかという漠然とした不安を抱えていたり、何かしら変化を求めている方が多いと思います。私もその一人でした。実際にスマキャリを受講してみて、いろいろな価値観や考え方に触れて、大学生のときに学んだこととは全く違うと感じました。一度社会に出て、仕事でいろいろな経験をして、それをさらにブラッシュアップすることもできます。人とのつながりもできたのはもうひとつの財産です。先生たちも、なんでも教えてくださりました。
源: 双方向のやりとりが多いですよね。答えを与えるというより、ご自身で考える、そういう場を提供しているプログラムです。ぜひ、一歩を踏み出していただきたいと思います。厚労省の給付金の制度を使えますので、それを使うと最大受講料の7割を負担してもらえます。
沖田: あの価格で、充実した内容を学べるのであれば、受講しない理由がないと私は思います。繰り返しになりますが、どの授業も本当に充実しているので、授業の内容に不満を持つことはないはずです。社会人が学び直しをするうえでは、学んだことをすぐに実践できる場があることが学生の学びとは違います。たとえばマーケティング、ロジカルシンキング、プレゼンテーションなど、いろいろな授業がありますが、すでに仕事をしている人であれば、今、自分が持っている仕事に学びを反映できます。それから、私と同じようにライフプランやキャリアプランを長期で考えたときに、今まで自分が考えてもいなかったような起業という選択肢が考えられるようになります。長いビジョンで考えたときの未来の選択肢が増えると思うので、ぜひ学び直しに挑戦してほしいと思います。
源: 修了されたあとに、沖田さんのようにしっかりと個を前へ進められている姿は、本プログラムの狙いとしている部分です。これからまた時代と社会の変化に合わせてビジネスを発展させていってください。
沖田: ありがとうございます。明治大学での学びを生かしてがんばっていきます。
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